創業秘話

燦キャピタル創業秘話

起業の理由

高校時代まで、私は野球に没頭する毎日を過ごしておりました。甲子園への道が断たれた後、これからの人生を、どう歩んでいこうか悩みました。当時の私の頭の中には、野球しかなかったからです。そこで、野球が上達するのと同じ方法で、まずは、良い選手のプレーをマネするのに限ると、当時の感覚で良いと思った大人の人達(高校の先生、大学に通っている先輩、会社に勤めている方、お医者さん、弁護士さん、ミュージシャン、お店を営んでいる方、大学の先生等々いろいろな方々)にお話を聞きに行きました。そして、さまざまな本を野球で鍛えた体力の続く限り読みました。その過程で、法律を勉強してみたいと考えるようになり、法学部に進みました。当時は検察官を目指していました。

しかし、大学4年時に、大手企業の法務マンをしていた先輩方のお話を伺う機会が何度かあり、企業法務の世界を覗いてみたいという気持ちが強くなり、また、いつしか独立起業してみたいという気持ちも持つようになり、オリックスに就職致しました。オリックスを選んだのは、リースという金融サービスに法律学問的な興味をもったことと、金融機関で仕事をすれば、お金の流れと反対の方向にモノやサービスが流れるので、いずれ、独立するときに、何をやりたいかがわかるだろうと思ったからでした。
入社直後から仕事は楽しくて仕方がありませんでした。休日も業務知識の習得に時間を費やすほどでした。業務知識レベルを上げたくて、会社に無理をお願いして、勤務しながら、神戸大学大学院に通わせて頂きました。金融法学、特にストラクチャード・ファイナンスの原型とも言えるリース取引について研究しました。各企業や外国政府から派遣されてきている精鋭達との議論には、かなりの刺激を受けました。
入社した1989年(平成元年)は、日経平均株価38,915円という史上最高値を記録した、いわゆるバブル経済時代の最終年でした。翌年1990年(平成2年)3月に出された大蔵省銀行局長通達による総量規制が行われ、バブル経済が崩壊していきました。前向きな仕事から債権回収といった後ろ向きの仕事が恐ろしいスピードで増えていきました。失われた10年(いまや20年)の始まりです。そして、英国、ニュージーランド、米国で金融ビッグバンが起こり、その波は、日本にも襲ってくると感じていました。直接金融の時代がやってくる、そう感じていました。金融の流れが大きく変わる、この流れに乗りたいと考えて、1997年4月、お世話になったオリックスを退社し、起業致しました。

創業期の思い出

起業後4年間は「泣かず飛ばず」といった状況が続きました。電車賃がもったいなくて、梅田から難波まで歩いていました。世の中の構造変化も理解している、ビジネスモデルにも自信がある、それで起業したのに、世の中になかなか受け入れられない・・・ライバル達はドンドン上場していく・・・。当時は、かなり焦っていました。どうやったら、受け入れられるか。戦前の起業家達は、IT・eメールもない時代に、何故、巨大事業をなしえたのか。初心に戻り、再び、大学に入る前にしたことと同じことをしました。歴史、特に起業家達の足跡の勉強と、偉大な先輩達に教えを請いに行きました。そこで、気付かされたのは、一人よがりになっていたということでした。「感謝する」気持ちに欠けていることに気付かされました。また、どうやったら、ライバル達と対等に戦えるか、勝てるか、ということも教わりました。運を大切にすることや、最後は、なにくそ負けてたまるか、という根性が必要なことも。

「1」の段階から「2」の段階や「3」の段階にすることは簡単でしたが、全く何もない無の状態の「0」の段階から「1」の段階にステップアップすることは、本当に難しかったと思います。決して、あきらめない。成功するまで、あきらめない。ベンチャー企業にとって、もっとも大切な姿勢だと思います。

経営哲学
前職時代に、約3万社との関わりをもちました。その内の約1万社は倒産、中には歴史的な事件にも携わりました。

その時に「同じ業界で同じことしているのに成功する企業とそうでない企業があるのはなぜだろう?」という疑問が湧き、できるだけたくさんの経営者にお会いしたり、講演会や勉強会にも積極的に参加しました。そして、その違いとは、経営トップが企業理念・信念をもっているかということに思い至りました。また、伸びている企業は、経営トップの持っている企業理念・信念を社員達が共有していることもわかりました。

企業理念
私たち燦キャピタルマネージメント株式会社グループは、 収益性・安全性・社会性を投資規範とした投資事業・投資マネジメント事業を展開することにより、 地域経済の活性化、企業育成、事業創出、人材育成を行い、人類・社会に貢献します。

社名の由来
当社は、太陽(Sun)が、大地や花や街々を照らすように、
投資会社として、不動産や事業、会社を再生し、そして、新生・創生させていくことで、
人づくり、事業づくり、会社づくり、ひいては国づくりに資することを使命に、
事業展開を図りたいと考えています。
キャピタルマネージメントという投資事業、投資管理事業が主な事業ですが、
欧米型でなく、和魂洋才の日本発の投資会社であることを表明するために、
敢えて、太陽のSunに、漢字の「燦」を当てています。

ロゴに込めた想い

ロゴマークは、私自らがデザイナーの方に想いを伝え、形にして頂きました。

中央には、燦の「S」を表したラインを配置。
左右のスペースは貸借対照表(バランスシート)をイメージしています。
右下に「燦」の文字を配置したのは、バランスシートの右下(資本のところ)に「燦」の字を配置することで、世界的に通用する投資会社として、世界経済の資本の部を担当したいという想いを込めています。
また、ロゴ色(コーポレートカラー)は燦々と輝く「赤」の意味と共に「戦う集団たれ」という想いから、日の本一の軍団であった真田幸村公の赤備えに近い赤にしています。

トップメッセージについて
2008年の5月から開始いたしました「トップメッセージ」ですが、まさかこれほど反響があるとは、当初は思ってもみませんでした。毎週月曜日の更新が遅れるとたくさんのお問い合わせを頂くほどです。
2012年には、機能を充実しさらにパワーアップいたしましたが、更新を欠かさないことは当然として、これからも「できるだけ自分の言葉で伝える」ことを大切にして参ります。

これからの展開

2007年のサブプライム・ショック、2008年のリーマン・ショック、2009年のトヨタ・ショック&ドバイ・ショック、2010年の中国に抜かれてGDP世界第3位転落、そして昨年2011年の東日本大震災と、次々と襲ってくるショックに私たちは翻弄され、非常に厳しい環境下に置かれています。このような状況下で、現状を守るだけでは、衰退の一途です。世界の枠組みが変わっていっている現状をきちんと認識し、国家単位でのGDPを見るのではなく、地域単位でのGDPを捉えた発展を考えていくことの必要性を感じています。地方にお住まいの方とのWin-Winの関係を作っていくという、まさに我々が長年続けてきたことが世界レベルで実現できる状況になってきました。

数々の危機を乗り越え、私たちが生き残ったことによる使命感を感じるとともに、この流れを活かす好機であると捉えています。

「地域社会に根を張り、地域社会から頼られるインベストメント・バンク」から「世界的に通用する投資会社」に向けて、着実な一歩を重ねて参ります。

社員に対して

全社員に対して「5つの行動指針」を定めています。その中でも、常に前向きに挑戦(チャレンジ)すること、そして感謝し謙虚な気持ちで仕事に望むこと、この2つを特に心掛けて行動するように呼びかけています。企業理念と共にこの指針は随分と浸透していると思います。さらに今後はそれらに加え「ワクワクする仕事をしていきましょう!」ということをお願いしたいと思います。

行動指針
常に知識と技術の向上を図ります。
常に前向きに挑戦します。
常にフェアプレイの精神に則り、取引がWin-Winの関係になるよう、バランスを考えて行動します。
常に品位を保持し、信頼・信用を獲得できるように行動します。
常に感謝の気持ちで、謙虚な姿勢で行動します。